講師:早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程、福地健治 参加者23名 資料ダウンロード
講師 福地健治先生
Contents
講師の紹介
福地 健治さん
早稲田大学 大学院 社会科学研究科 博士後期課程、都市計画における民主的制度と手法に関する研究
市民参加によるまちづくり、住民投票、ドイツでのPZ(プラーヌンクスツェレ)などを研究。
小平市の住民投票も研究テーマで、小平市在住の有権者に投票行動について、自費でアンケートを実施するなども。
「熟議民主主義」とは?
『熟議』について
ジェイムズ・S・フィシュキン「人々の声が響き合うとき 熟議空間と民主主義」(2011)
「市民のひとりひとりが議論において対立する意見を真剣に吟味することである。」
『熟議の質』とは
1.情報―争点に関すると思われる十分に正確な情報がどれほど参加者に与えられているか
2.実質的バランスーある側、またはある見地から出された意見を、 反対側がどれほど考慮するか
3.多様性ー世間の主要な立場が議論の中で参加者にどれほど表明されているか
4.誠実性―参加者がどれほど真摯に異なる意見を吟味するか
5.考慮の平等―参加者のすべての意見が、どの程度、誰が発言者かということではなく その論点自体により検討されているか
『民主主義』について
吉野作造「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」中央公論 (1916)
「今現在正しいとされることを守り続けることよりも、 常により正しいことを追求する向上的な態度をもつこと」
ルソー
「真の民主主義は永遠に存在しない」
熟議民主主義の実効性を高めるには…
市民生活に影響のある課題に対し、多くの一般市民が、相互に自由な意見を十分に交わしあう過程を経て、合意形成を導き出す。
そのためには、参加市民が平等に「情報」や「知識」を持ち、年齢、性、居住地に偏りがなく、
課題に対して関心の低い人も参加し、客観的な結論を出せるようにすること。
プラーヌンクスツェレ(Planungszelle)について
熟議民主主義の実践モデルである、市民参加による課題解決の手法。
ドイツ国内で、都市計画などのテーマを中心に、これまで80を超えるプロジェクトの実績。
プラーヌンクスツェレ(以下”PZ”と略記)の「10の原則」
① 解決が必要な、真剣な課題に対して実施する。
② 参加者は住民台帳から無作為抽出する。
③ 参加者は報酬を得て一定期間、参加(4日間が標準)する。
④ 中立的独立機関が実施機関となり、プログラムを事前に決定する。
⑤ 一つの計画細胞会議は原則25名で構成し、複数実施(最低4細胞)する。 一つの計画細胞会議には2名の進行役がつく。(下図参照)
⑥ 専門家、利害関係者から情報提供を受ける。
⑦ 約5名の小グループがメンバーチェンジしながら参加者のみで討議を繰り返し、グループでの決定を行う。
⑧「市民鑑定」という形で報告書を作成し、参加した市民が正式な形で首長に渡す。
⑨ 一定の期間(普通は約1年)後、首長および議会は市民鑑定の内容の実現状況について応答する責任を負う。
⑩ どこの場所でも自由に、また、同時に実施できる。
『無作為抽出』について
PZの「10の原則」 の中で、 ②の『無作為抽出』は特に重要。
無作為抽出のメリット
・関心の高い人たちのみの参加を避ける
・特定の社会的背景や教育水準に偏らない
・サイレントマジョリティ(普段表立って、政治に参加したり意見を述べない人)の参加を高める
・利害関係団体の大きな影響を受けにくい
=「社会の縮図」に近い集団を作れる
無作為抽出(抽選制)には歴史があり、PZの原型は、古代アテネの『民主制』。
他にも、ルネサンス期のヴェネチア、フィレンツェなどで、無作為抽出が、政治に取り入れられていた。
また、アリストテレス、モンテスキュー、ルソーなどの哲学者も、無作為抽出について、言及している。
また、民主制や住民投票の危険性についてはプラトンも警告しており、
ヒトラーを住民投票という正当な手段により総統に登りつめさせてしまった歴史もある。
PZの事例「ボン市でのスイミング施設の配置計画」
ボン市事例の概要
市長と議会が、市内屋内プールの老朽化を理由に、ドッテンドルフに巨大プール施設”ウォーターランド”の建設を計画。
市内に点在していた室内プール、5施設のうち4施設が、市民に詳しい説明がなされず、突然閉鎖されてしまった。
怒った住民が立ち上がり、2度目の住民投票で新しいプールの建設の中止が決定。
(住民投票の成立要件(人口規模に合わせて得票率が変わる)の緩和も非常に大きかった)
打つ手のなくなった議会が、PZの実施を決定する。
PZの結論「プールは一箇所に集中しないこと」「すべての市民に対して行きやすい場所にあること」などが提出された。
市長も失脚し、旧施設のすべてがリノベーションして存続されることが決まった。
ドイツの市民参加における環境
・PZ参加者には報酬が支払われ、ほとんどの州で自己啓発のための教育休暇が取れる制度があり、PZ参加にも利用可能など、市民参加のための環境が整っている。
・参加対象年齢も幅広く、今回のPZには14歳から89歳までの92名が参加。
・PZを運営・進行をするための中立機関である、市民鑑定のためのコンサルタント会社が国内に4社ある。
(PZの進行役は、ファシリテーターとは違う。自ら問題提起や方向性を示すなどはせず、議論がずれた場合の修正のみで、進行役に徹する。)
ボン市事例の、PZの内容
・プロセスに1年近くの時間をかける一大プロジェクト。
・情報提供は、4日間16コマのきっちり組まれたプログラム。
(施設概要、市内プールの現地見学、プール利用者の意見公聴、各党の市議会議員の意見と質疑応答など)
・話し合いの小グループは、毎回コンピューターによる無作為抽出
・投票はタブレットで、 YES/NOではなく課題の優先度をポイントで評価。休憩中に集計して印刷し、大判プリンターですぐに張り出されるスピード感。
・グループ分けによる話し合いだけではなく、自由に集まっての話し合いも認められている。
その中には、14歳、15歳の参加者も、年齢に関係なく対等に話し合えている。
・クライマックスの、7党の市議会議員が登場し、見解と質疑応答では、終了後も、参加者が議員に詰め寄って、直接議論をしていた。議員も当然のように誰も帰らず、長い時間その場で話し合っていた。(今の日本では、とても考えられない!)
・最後の、公式な議会への報告書『市民鑑定』作成にも立ち会い、言葉のニュアンスなども、参加者みんなで訂正する。最後まで市民参加の透明性が確保されている。
・市民鑑定書は冊子に一般に配布。ボン市の市民参加専門ホームページにも、即日公開。情報公開が非常に優れている。
日本で、小平で、正当性のあるPZを実現するには?
日本と、ドイツ・フランスの違い
・川崎や札幌で、フランスなどを参考に無作為抽出でが行われた「気候市民会議」 。
会議の参加者である大学生が、国会で参考人に呼ばれた際に、”単にパフォーマンスに感じる”と指摘。
パフォーマンスではなく、着実に政策に生かす枠組みを求めたそう。
・日本の「市民討議会」の内容は、抽象的で平和?
・フランス、パリの、2019年「気候変動市民評議会」。
抽選で選ばれた150人の市民がまとめた、『環境政策提言』。
「列車で2時間半以内で移動可能な短距離区間での航空路線の運行を禁止」
「市街化区域ではスピード30キロ以上の運転は禁止」などが決定。
フランスはそこまで真剣にやっている。
PZ、住民投票の、”利用される” 危険性
PZの結論を住民投票で覆した事例
ドイツ、テンペルフォーファー・フェルド地区の空港跡地での、広大な空港跡地の広場の一部開発計画。
PZが行われたが、「開発のためのPZ」であり、「開発を前提に、どの程度まで現在の環境を残すか」という市民鑑定にフレーミングされていたため、市民グループは住民投票を行い、PZの結論を覆した。
同じPZでも、市長や上院議員、都市計画局などが、関与することによって、住民の意見と乖離した結果が導き出されることがある。
日本における、最近の『住民投票』の問題点
(輪島市の産業廃棄物処理場についての住民投票などの事例)
・住民投票の有権者50%以上の投票による成立条件が、正当な市民参加を妨げている。
(全国の94の自治体が、実施必至型の常設型住民投票条例を制定し、うち60%以上が50%条項を成立要件として規定している。)
・人口が多い地域では、署名数6分の1の成立要件も厳しいものである。
・狭い地区内では、選挙の立ち会い者が顔見知りだと、「投票に行くのが不安」という事態が発生する。
・時に、 住民投票は、「民意」を擬制する道具として使われ、建前の市民参加に利用されてしまっている。
質疑応答と感想
質疑応答
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市民鑑定のコンサルタント会社とはどのような組織か?(國分功一郎さん)
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大学などが設立をする、専門職の研究所、民間のシンクタンクのような組織。
一般の人が、就職したり、運営したりできるものではない。
そこで、研究者と一緒に研究活動をしながら、経験を積み重ねたエキスパートの人達が担う。
行政などの依頼を受注する際には、他の競合もあり、コンペも行われる。
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“関心の低い人達”の意見を注視するとありましたが、”関心の高い人達”の意見の方が大事なのでは?(受講者)
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普段、顔出さない、意見を出さない方々(サイレントマジョリティー)の参加が望ましい。
社会の縮図に近づけるという意図がある。
PZでは、初日に関心が低かった参加者も、徐々に使命感を持ち、最後には市政に関わった充実感を感じる傾向がある。
PZでは、招待状を発送する際に、市民グループを外すことがある。
それは、ドイツのハノーファー市の路面電車に関するPZの事例で、無作為抽出で入った、市民グループ所属の参加者が、皆を自分の意見の方向に持っていってしまうという失敗例があったため。
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ヨーロッパの地方の小さな都市では、一般市民が夜、自治のことを決めたりすると聞いたことがあるのですが・・・(受講者)
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スイスのカントン州では、ランズケマインデという住民投票が、年に4回行われる。
そこでは、カフェやパブなどで、老若男女、政治の話をして盛り上がっている。
大衆世論の形成が、自由な空間で熟議、醸成されているというのは素晴らしい。
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小平市でも、公共施設の統廃合が進もうとしている。住民説明会で意見を言っても、”決まったこと”で、膠着状態。今後どうしたら良いのか、ヒントを。 (受講者)
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難しい質問だが、ロビー活動を地道に続けていくこと、市議と協力すること、などか。
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ドイツで14歳くらいの子が参加できているのは、『子どもの権利条約』を意識してか? (受講者)
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同じ敗戦国なのに、なぜ、日本人は議論ができなくて、ドイツ人は対等に堂々と議論ができるのか。(テキストP85から講義後に、福地先生からの補足あり)
ドイツの学校では、古代~中世の歴史を中学生(10歳ごろ)までに終わらせ、あとは、ひたすら現代を学ぶ。
歴史教育が、ひとつの鍵なのではと考える。
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ドイツでは、投票権も14歳から?PZが14歳からになった理由は? (受講者)
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住民投票の投票資格は16歳から。PZでもテーマによって最低年齢が決まる
今回の事例は、プールという学生にも関係する事柄だったため。
ドイツでは14歳は「一人前の大人」である、という扱いが多い。
感想:國分功一郎さん(東京大学総合文化研究科准教授、小平市在住)より
ドイツでは、14歳で(PZなどに)参加できることがすばらしい。
小平では、広場などで遊んでいる子どもたちも当事者なのに、なかなか発言権がない。
“いかに制度が大事か”ということを、感じた。
熱意があって市民参加が行われるというより、
制度があって選ばれて、熱意は参加しているうちにあとからついてくる。
ボン市の、最初の住民投票の投票率は、39.3%。
小平の(2013年の都市計画道路3・2・8号府中所沢線計画についての)住民投票の投票率、35.17%とあまり変わらない。
しかし、ボン市では、PZなどが行われることで、住民参加が実現されている。
制度は、使いようによっては悪用もできる。
行政が開発を正当化する手段にも使えてしまう。
PZも開発主導で使われると上手くいかないだろう。
いろんな制度があり、それを、”どのように使っていくか”考えることが大事。
今、政治学の中で、”くじ引き”は注目されている。
世田谷区の保坂区長の事例では、区民の中から無作為抽出で、『区長と話す会』に招待している。
「普段来ない人が来ることで、普段聞けない声が聞ける。」と言う。
くじ引き(=無作為抽出)を、真剣に考え、民主主義の様々な場面でに組み込んでもよいのではないだろうか?
感想:わたしたちのまちのつくり方メンバー(栗田)
講義後に、福地先生に伺ったお話で、
ドイツでの熟議民主主義の土台を築いている元には、歴史近代史の教育の他にも、
話し合わないと通じ合えない地理・歴史の上での環境、『公共の福祉』という意識を持つための教育もあるようだ。
ドイツと日本では、『土台が違う』とあきらめるか?
いや、逆に言えば、土台作りのアプローチは、市民参加以外の場面でも、生活の多方面からできるということだと思う。
日本の子どもたちに、大人が何を伝えられるか。どんな姿を見せれるか。どんな体験や場面を提供できるか。
たとえば、今回の熟議の質である5つの要素は、普段、私たちが生きていく中で、異なる意見の人と人が向き合う場面でも、とても大切だと思う。
会社で何かを決める時、学校で何かを決める時、友達グループで、家族内で、親子で、夫婦で、何かを決める時。
規模や人数が小さくなっても、基本はたぶん同じだ。
こういうことは、頭で理解できても、実際に冷静になって実行することは遥かに難しいことが多い。
だけど意識して、まず一歩を、やってみようと思っている。
日本でも市民参加が活発に行われるようになった時に、
今の子どもたちが、大人になった時に、
熟議民主主義を自然にできるようになっている日本人が、いつのまにか増えていれば良いなと思う。
(文責 栗田)